惰性でコーヒーを飲んでいるような気がするんだよな

惰性でコーヒーを飲むのはやめようと思っていたのに、最近また飲み始めている。朝職場について一杯、昼食後に一杯。たまに夕方も飲んでしまう。別に医学的に問題になるような量を飲んでいるわけではないのだけれど、個人的には問題だと思っている。だってそれは心から飲みたいと思って飲んでいるわけじゃないのだ。

甘いものを食べれば落ち着くとか、コーヒーを飲めば目が覚めるというのは概ね正しいと思うのだけれど、自分の心と身体が本当にそれを求めているか確かめないと気付かないうちに身体が重たくなったり固くなったりしている。少し前に胃腸の調子が悪くなり、コーヒーもお酒も飲まない日々が続いたことがある。しばらくすると自分の腕やお腹を触ったときの感触が温かくて柔らかいものに変わっていた。自分の食べるものが身体を作るのだと再認識した出来事だった。だからもう少し食べるものに気を配ろうと思っていたのに・・・。

惰性というよりは、機械的になってしまっているのがよくないと思うのである。本当に飲みたいと思えば好きなだけ飲めばいい。

振り返ってみると、心からコーヒーが美味しい、もっと飲みたいと思ったのはウィーンのコーヒーを飲んだときだった。ウィンナーコーヒーと言うと日本では甘いクリームをのせたコーヒーを指すけれどウィーンに「ウィンナーコーヒー」は厳密に言うと存在しない。ウィーンで主流のコーヒーはメランジェと呼ばれるコーヒーで、エスプレッソに温かいミルクを加え、さらに泡立てたミルクをのせたものである。ザッハトルテで有名なホテル・ザッハーで飲んだメランジェはため息が出るほど美味しかった。エスプレッソは香り高く、ミルクは甘い。コーヒーとは思えない程軽い、優しい飲み心地だった。ウィーンに滞在していた数日間、私はメランジェの虜になった。カフェに入ったらメランジェ、クルージングの船内でもメランジェ。とにかくその一杯を飲めることが嬉しかった。

そんなふうに心から望むようなコーヒーについて考えていたところ、友人のアドバイスでGINZA SIXのJOTARO SAITOというお店でコーヒーを飲んだ。確かに美味しかった。けれど、高級服に囲まれて飲むとどこかこそばゆかった。惰性で飲むのは嫌だけれど、ここぞと背伸びして飲むものでもない。

コーヒーとの距離感は案外難しい。一杯飲んで落ち着きたくなってきた。

 

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