タピオカミルクティーをください

流行り物に簡単に乗ることができない私は、タピオカミルクティーに対する世間の熱狂をどこか一歩下がった気持ちで眺めていた。だって、タピオカですよ。ただのデンプンじゃないですか・・・。けれどそんなことを言っていると、偏屈ばあさんになってしまう。偏屈ばあさんというのは偏屈なことばかり言い重ねているうちに世の中のことを楽しいと思えなくなってしまった悲しい妖怪のことをである。この妖怪にならないためには、よくわからないものでも試してみようという柔軟な気持ちを持つことが大切である。

そういうわけで私は知人と連れ立ってタピオカミルクティー屋に向かった。到着すると、平日の夕方だというのに行列ができていた。並んでいる人たちはみんなにこにことメニューを眺めている。勇気を出して行列に加わると、さらに驚きの事実と対面した。

タピオカミルクティーというメニューがないのである。いや、実際にはあるのだけれどメニュー名がどれもファンタスティック過ぎて、ベーシックなものがわからない。三食感ミルクティー(三とは?)、ロイヤルNo.9ミルクティー(なぜ9番?)、オーロラドリンク(???)・・・全くついていけない。

これが老化というものだろうか。

まだ諦めたくない(若さを)。おろおろした私は思い切って盆栽タピオカミルクティーなるものを注文した。すると、ココアパウダーを土に、ミントを盆栽に見立てたものが出てきた。なんとも可愛らしい。黒い粒が下にたくさん溜まっている。これがタピオカか。

実はこれが人生初めてのタピオカミルクティーであった。先程のミントとココアパウダーはもちろん、それぞれそのままの味がした。ミルクティーは甘くて美味しい。けれど、感動するほどのものではない。半分くらい飲んだところでお腹が膨れてしまった。氷の間に残ったタピオカがやたら気になるのだけれど、みんなどうやってこの氷の間に残ったタピオカを食べているのだろう?絶え間ない努力か。

正直、学校や仕事の帰りに飲むものとしてはいささか重たすぎる気がした。もうちょっと身体に良いものが流行してくれたらなと思うのだけれど、この思考も若干老いを感じるところである。

This entry was posted in Essay. Bookmark the permalink.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。