香水は異性に選んでもらうのが一番いい、と憧れていた人から言われたのは十年以上も前の話である。そのとき貰った最初の一本を大事に使い、少しずつ他の香水にも手を出すようになった。ただ、異性に選んでもらったのはそのときだけで、私は長いこと自分で香水を選んできた。
香水というのは当然香りがついている。つまり、ただでさえ変わりやすい気分をさらに左右してくる代物なわけで、人に選んで貰ったからといってほいほいとつけられるようなものではないのだ。これはあくまで個人的な見解だけれど、女の香水は男が足を踏み入れないほうが無難な領域である。ごく控えめに言って。
つけ方については、中学生の頃から様々な議論を友人たちと交わしてきた。背中につけてうなじからほのかに香らせると良いとか、おへその下につけるくらいが丁度良いのだとか。今思えば随分ませた中学生である。けれど香水について話すのは楽しかった。大人になってそれぞれの服や化粧のスタイルが確立しても、香水は盛り上がれる話題だと思う。
私の好みはとてもはっきりしていたので、選ぶのに苦労したことはなかった。柑橘と草木の香り。甘過ぎず、クール過ぎない。普段使うのは柑橘系、気分を変えたいときだけ思い切り甘い香りをつける。これだと思ったものを買って外したことはなかった。それなのに最近、恐らく人生で初めて、香水に迷い始めた。
異変に気付いたのは、時折つけていた香水の香りを「合わない」と感じたときだった。つけて数分も経たないうちに違和感が襲ってきて、自分の手首の匂いを何度も嗅いでしまった。香水が劣化したのではない。ただ合わないのだ。翌日、調子を戻そうといつもの柑橘系の香水をつけるとこれも合わない。頭の中は「はてな」の香りで満たされ、貴重な朝の時間を無駄にした。香水をつけていないときでさえ、どこか違和感を感じる。自分自身に問題があるのだ、という声が遠くから聞こえてくる。これを香水の世界の言葉に置き換えると、香水迷子と呼ぶ。
大変だと思いながら私がここ数日つけているのは、冒頭の男性に選んでもらった香水、トミー・ガールである。この香水をつけるとまさに無鉄砲だった十代の頃の気持ちになって、ついニヤニヤしてしまう。そしてそんな浮ついた頭の隅っこで、私は既に、新しい香水を探す旅に胸をときめかせている。
今回は長い旅になりそうな気がする。