インドで熱を出した。
はじめから無傷で過ごすのは難しいと知っていたので、想定通りというべきか、もはや洗礼だと思っていた。ただ、これが至って普通の風邪の症状で、食べ物が原因ではないことが意外だった。身体の節々が痛み始めてから葛根湯を飲み、効き目がないのでパブロンを飲んで寝たところ、身体がどんどん熱くなった。まずいな、と思うと同時に、やっぱりな、とも思った。日本の薬は効かない。熱は38℃。弱ったのは偏頭痛を併発したことで、これが発症すると私はたちまちお手上げ状態になってしまう。翌日、大人しく病院に行った。
インドの医療は進んでいるとあらゆる人から聞いていたけれど、病院は雑居ビルのようなところで、ドアは開けっ放し、ベッドは棚を改良して作ったようなギシギシと音のなる代物だった。横になった瞬間洗濯バサミのようなもので足先をはさまれ、その先にあった機械から「ピーポーピーポー」と救急車めいた音が鳴り始めた。どこが進んでいる医療だ、私は一体どうなるんだと思っていると、幾つか問診され、十五分程で診察は終わった。日本のロキソニンの二倍近い大きさの解熱剤とビタミン剤を渡され、注射や採血(苦手なのだ)がなくてよかったと胸を撫で下ろしながら病院を出た。
異国で体調を崩すと不安になる。大きな薬をなんとか飲み下し、眠っているのか起きているのかわからないような意識の中で、色々な人のことを思い出した。疲れたとき一緒にラーメンを食べてくれるひとや、ただずっと話していたくてお酒に誘うひと。時々一緒に美味しいごはんを食べに行くひと。散歩に付き合ってくれるひと。誰にも頼らないことがかっこいいと粋がっていた二十代前半から、何たる進歩か、療養中に思い出すひとがいて、挙句の果てには「体調を崩した」などという泣き言を貧弱なインターネット回線に乗せて送る相手もいるのだから、人生は素晴らしい。
実際に食べたわけではないけれど、インドにもお粥がある。米や豆をサフランやにんにく、生姜と炊いたもので、つまり何としてもスパイスから離れる気は無いらしい。さすがインドである。郷に入っては郷に従えと言うけれど、やっぱりこういうときは日本のお粥が恋しい。私が好きなのは大根をすりおろした、とろみのあるお粥に溶き卵を加えたもので・・・続きは夢で見ることにする。