年齢について

少し前までは年齢に対して無頓着だった。二十六歳からそれ以降はどこか似ていて、自分でも時々年齢を間違えるくらいだった。けれど二十九歳を迎えるあたりから年齢について意識するようになった。小娘のように振る舞うのも潮時である。かといって、柔軟さや活発さを諦めるのはつまらない。とにかく自分で自分のことを良い大人だと思えるようになりたかった。

ちょうどその頃、ちょっとした体調不良の最中にいた。医者から薬を処方されたけれど、飲むのが怖くて一錠も飲まずに捨ててしまった。しばらくすると「どうして薬なんか飲まなきゃいけないんだ」という怒りに近い気持ちが湧いてきて、なぜかポップコーンを大量に作ってバリバリと食べたのを覚えている。

もう他人の言動や小さな争いごとに振り回されるのはうんざりだと思い、周りの迷惑も顧みず長めの休みをとって旅に出た。自分の未来が真っ暗に思えて不安だったけれど、旅は楽しかった。帰ってきた頃は気持ちがあらかた落ち着いて、三十歳になったら何か新しいことを始めてみよう、二十九歳の年はそのためにオープンマインドに過ごして、挑戦したいことを見つけようと考えるようになった。そしてこの一年はその通りに過ごした。自分にとって意外だった場所へ行き、そこで見るものをただ素直に受け止めた。良い過ごし方だったと思う。

では三十歳になった今何をするかというと、アルゼンチンタンゴを始めるわけでもギリシャ語を習うわけでもない(やってみたい気持ちはあるけれど)。私がやりたいことは大きくは変わっていない。良い仕事をして、たくさん本を読み、美味しい料理を作る。夫婦もシングルも子持ちも集まって暮らせる大きな家を作る。世界と良い距離感を保つ。健やかでいる。これを全部やるのは案外難しい。日々の生活に流されてしまわないよう、自分をコントロールすることが要となる。

目下の目標は、まるで引っ越し前夜のように荒れ果てた部屋の片付けとインドですっかりなまった身体を動かすことである。どんなに大きな夢も小さなところからはじめなければならない。

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