春である。
春は花の咲く美しい季節だともてはやされる。けれど実際のところ、春は花粉と急激な気圧変化で多くの人々が苦しむ。自殺者も多い。杉の絶滅を願う人達で街は普段以上に殺伐とし、私も外を歩くときは気が抜けない。実際、年度末ということもあり、ピリピリした人間に会うことが増える。私が最も多く悪夢を見る季節も春。とどのつまり春は災難である。
そういうわけで、私は春になると大体のことを諦める。規則正しい生活、適度な運動、バランスの良い食事。本来美徳としてきたことを放棄する。所詮美徳などというものは戦争が始まった瞬間に変わってしまうものだ。私は自堕落に、しかし優雅であることを心がけて過ごすようになる。それでも花粉症と気圧変化に苦しむことは言うまでもないのだけれど・・・。
春は野菜が柔らかく甘い季節なので、私はよくスープを作る。新玉ねぎをスライスし、刻んだパセリと軽く炒めてから水で煮て、塩で味付けしただけの簡単なスープが美味しい。じゃがいもと新玉ねぎでポタージュを作るのも良い。この季節でしか味わえない独特の甘みを享受することができる。蒸したキャベツにオリーブオイルと塩をかけただけでむしゃむしゃと食べてしまう。そして大体、料理をするときにはきりきりに冷やした白ワインを飲みながらチーズを噛る。チーズも奮発して良いものを買う。春こそキッチンドランカーになるべき季節である。そうこうしているうちに大体のことはどうでもよくなってくる。
昔、インドで短い間仕事をしていたことがある。彼らは何かと「チャイでも飲もうか」と言って仕事中に私を連れ出し、小さなコップに注がれたチャイを時間をかけて飲むのだった。あのチャイの美味しかったこと。インドのチャイは水牛のミルクで作られるので、驚く程甘く、濃い。それは時間の流れを変えてしまうような甘さである。外の空気は埃っぽく、朝と夜の寒暖差に彼らも参っている時期だった。仕方がないじゃないですか、人間なんですから忙しくても休憩くらいしなくちゃ・・・そういった優雅な姿勢が私は好きだったし、今のような苦しい時期こそ優雅に過ごしていたいと思うのである。