プロ野球が有観客試合を再開すると聞いて、さてどうしたもんかと思った野球ファンは少なくないと思う。感染症のリスクを抑えるためにルールが設けられることは前々から聞いていたけれど、蓋を開けてみると想像以上に制限が多かったのだ。
まず、応援歌が禁止。大声での声援も禁止。ラッパや太鼓の鳴り物も禁止。ビールの売り子はいない。これだけで想像もつかない。さらに続く。マスク着用必須、タオルを振り回すのもハイタッチもジェット風船も禁止、友人と来ても隣同士・前後で座ることはできない。飲食物の販売は試合6回終了時まで。球場によって少しずつルールは異なるけれど、神宮球場はこんな具合だった。決して文句を言いたいわけではなく、純粋に疑問だった。一体どんな観戦になるんだろう?
考えた末に、私は神宮球場に行くことに決めた。野球を観ずに夏を過ごしたら、秋頃に私のなにかが「ぷつん」と音を立てて切れてしまうような気がしたのだ。まず、行ってみよう。これはまずいと思ったら帰ればいい。
外苑前駅についたときから、私はいつもと違う光景に驚いた。人が少ない。試合の日はごった返していた駅、そして球場までの道のりが、怖くなるほど歩きやすい。通常の試合の、実に6分の1以下の人数しか入場できないのだ。わかっていたとはいえ、戸惑いは大きかった。
球場についてビールを買い、観客席に入っても異様な光景は続く。本当に誰もがマスクをつけて、席を空けて座っていた。応援団がいない。応援旗もない。いつもの試合に比べると静かすぎて、私は妙に緊張してしまった。
けれど一方で、この異例の観戦形式に期待していたことがあった。音である。
無観客試合の動画を見たときに、初めて聞く音があった。それはホームランボールが観客席に落ちたときに立てる「ぼんっ」という鈍い音である。普段であれば、歓声でかき消されていた音だ。この音を聞いたとき、私は興奮した。こんな音が響いていたのだ。
他にもある。ベンチにいる選手の掛け声。横浜の球場だと、港から船の汽笛が聞こえたという。そういった無観客の球場だからこそ聞ける音を、密かに楽しみにしていた。
試合が始まると、その期待は充分に応えられた。いつもは聞くことのできなかった音が山程聞こえてくる。球審の妙に高い声、ベンチで控えている選手や、外野手の掛け声。それに、セミの鳴き声や鳥のさえずりまで。
セミの鳴き声や鳥のさえずり……! こんなのどかな音を聞きながら試合を観る日がくるなんて、夢にも思わなかった。私はたくさんの音に耳を傾けながら、久々の試合に見入った。先発ピッチャーは吉田大喜。去年のドラフト2位で、緊張感たっぷりだった。前半調子のよかったヤクルトは後半になるとなかなか追加点がとれず、試合の結果は引き分けだった。なんとも惜しかったけれど、生で観る試合はやっぱり何にも替えがたかった。
そして一番心に残ったのは、観客席から自然と生まれた手拍子だった。試合の進行やバッターによって手拍子の種類は少しずつ変わり、不思議と一体感を生んでいった。あんなふうに手拍子が生まれることに胸が熱くなったし、自分たちなりに工夫して選手を応援したいという気持ちがひしひしと感じられた。制限だらけの観戦でも、その場にいられたことが嬉しかった。きっとこの日のことは特別な試合として、記憶に残り続けると思う。