奇妙な出来事

もう10年以上前の出来事になる。学生だった私は、大学のある湘南台駅へ向かうためにJR藤沢駅で乗り換えようとしていた。春先の、まだ肌寒い日だった。

小田急線のホームの方角から髪の長い中年の女性が歩いてくるのを見たとき、時間が止まったような気がした。その女性はベージュのジャケットにハイヒールという、いかにも仕事中の出で立ちだったにも関わらず、スカートを穿いていなかったのだ。

もう一度言う。彼女はスカートを穿いていなかった。

つまり、ストッキングと、その下にある下着が丸見えなのである。彼女は風に吹かれながらすたすたと歩いていき、私はただその姿を無言で見つめて、昼下がりの珍事は終わった。私以外に驚いている人は側にいたサラリーマンの男性ひとりだけだった。念のため補足しておくと、彼女は酩酊していたわけでも、心を失った様子でもなく、ただ淡々とした表情で道を歩いていた。

なぜ10年経った今こんな話をしているのかというと、私はこの出来事を年に1〜2回思い出しては、「あれは一体なんだったんだろう」と首をかしげているからである。スカートを穿かずに外を歩くことにスリルを感じているのか、それとも罰ゲームだったのか……。先日も何かの折にこのことを思い出し、やはりしばらくの間首をかしげた。長い人生、こんな珍事にめぐりあうことは滅多ない。あのとき私は真相を突き止めるべく、彼女を追いかけるべきだったのではないだろうか。

今後もしこんな珍事があったら、ぼんやりと見過ごすのではなく好奇心のままに追いかけようと思っているのだけれど、実際のところこんなことはなかなか起きない。いや、それとも奇妙な出来事を私はもう見過ごしてしまっているのだろうか。気を引き締めて周囲を見ていなければ、と思う。

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