突然、何かに呼ばれたような気がして広島へ行った。私は発作的にどこかへ行ってしまう癖があって、酷いときは仕事を休んででも旅立つ。居ても立ってもいられないような状態になると表現したほうが正確かもしれない。幸い今回は仕事のない日で、東京にいなければならない用事もなかったので、極めて平和的な旅となった。
とにかく広島へ行った。前日まで台風で荒れ狂っていたので、想像した通りの暑さだった。ただ、瀬戸内海からの風を感じるので東京のような狂った暑さではない。とは言いつつも、一人旅は久しぶりだったし、体調も万全ではなかったので、些か慎重な旅になった。飲み物は手放さなかったし、疲れたと思ったらすぐに座って休んだ。というわけで私の回った場所は、広島市内に限られた。
目的地は原爆ドームだった。美しく整備された平和記念公園の中で七十年前の姿を留め続ける原爆ドームは、景色の中に突如として現れた絵画のように浮いていた。
周囲にはボランティアの人達が外国人観光客に英語で説明をしている。安保のデモ隊が楽器を鳴らしながら通り過ぎる。しかし辺りは基本的に静かだった。戦没者慰霊碑へ向かうと、いよいよ陽射しが強くなってきて汗がだらだらと流れてきた。それでも私はしっかりと鳥肌立っていた。ある程度覚悟はしていたのだけれど、慰霊碑に刻まれた「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」という言葉を正面から見た時は、無力感で立ち尽くした。
夕方、広島現代美術館で広島の被爆者達によって作られた作品を見た。じっくりと見るには、それらは凄惨すぎた。山の中にぽつんと佇む美術館の中に、まだ生きた苦しみがあった。その後「原爆―ひろしまの図」という絵の公開修復に運良く立ち会い、後世に絵を残そうとする修復家の方と言葉を交わした。
ボタンを掛け違えるという表現がある。時々、今まさにボタンを掛け違えようとしているのではないかと思うときがある。一旦手を止めることができればいいのだけれど、それは存外困難なことのようである。けれど、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかないというのも、また事実である。