年に何度か、お菓子を作りたくてたまらなくなるときがくる。
不思議なことに、それは決まって夜にやってくる。そのときにやっていたこと―読書や家事、学生時代は論文の執筆―を放り出して、調理に取り掛かる。そうしないと落ち着かないのだ。
お菓子は計画的に、明確な目的を持って作ることのほうが圧倒的に多いけれど、何かに取り憑かれたように無心で作ったものもそれらと同じくらい、思い出がある。土鍋で蒸したプリンや少し固くなってしまったゼリー、大きなチーズケーキ、ホットケーキミックスで作った簡単なりんごケーキ。急遽作ったものであったにも関わらず、有り難いことにどれも誰かが一緒に食べてくれた。驚いたり笑ったりしながら。
先日はスコーンを作った。仕事から帰ってきて、ぼんやりとしていたときに「それ」はやってきた。私は自分の夕食も後回しにして、台所に立った。薄力粉と強力粉をふるいにかけて、細かく切ったバターと混ぜあわせ、卵を加えて丸め、適当に冷ます。オーブンで焼色がつくまで焼く。スコーンの作り方はとてもシンプルだ。配合率と手順さえ守れば失敗しない。ただし美味しく作るためには、生地が混ざりすぎてしまわないよう、注意して見ていなければならない。冷静さを見失うとスコーンは途端に平凡な味になってしまう。
口に入れたときに湧き上がる、心踊る気持ちを生み出したくてお菓子を作るのだから、平凡な味になってしまうのは素人なりに納得がいかない。
いつか優雅に、息を吸うように美味しいお菓子を作る生活がしたいと思う。何年も前にオーストラリアの農場に泊まったとき、女主人はさらさらと流れるようにお菓子を作っていた。ニワトリ小屋から取ってきたばかりの卵を使って、周りの女の子たちを上手に手伝わせながら。特別なレシピもないのに、数十分後には綺麗なバターケーキが焼き上がっていた。あまりにも自然だったので気づけなかったけれど、今思い返せば、彼女のやっていたことは私からすると高度なことばかりだった。
私はいつか、彼女のようになりたいと思う。