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我慢はしない

私の年末年始といえば、ここ数年の過ごし方は次のうちのどれかだった。海外へ飛び出す。上野のアメ横で人の波に揉まれながら、気になった食材を好きなだけ買い込む。実家で犬を愛でながらおせちを食べる。刺激も安らぎも求めるまま、とにかくそのときの欲望を満たすために、忠実に行動するのが常だった。

それが今年はどれも叶わない。だからといって何もかも我慢して過ごすのは性に合わない。

31日の昼に仕事を納めると、私は牛肉のももブロックを低温調理器に入れてタイマーをセットし、心ゆくまでお気に入りのスーパーで買いものをした。その結果、大晦日の夜はシェアハウスの住人たちとこたつに入って蕎麦をすすり、ローストビーフを食べ、フルーツタルトを堪能しながら紅白歌合戦を見た。

ありふれた光景に見えて、実はこんなふうに年を越すのはめずらしい。年末年始になるとほとんどの住人が方方に散ってしまうからだ。紅白歌合戦も何年ぶりだったか知らない。紅組と白組に投票する仕組みだったということも、最後になってようやく思い出したくらいだった。

元旦の朝は早起きしてお雑煮を作った。お雑煮を作るのは生まれて初めてである。大晦日の日に実家に電話をかけ「どうやって味付けすればいいでしょうか」と聞き、馴染みの具材―大根、人参、銀杏、三つ葉―を準備した。鰹だしを効かせたつもりがなかなかの薄味になってしまったけれど、悪くない年末年始だったとほっとした。どんな状況であれ、「美味しい」「楽しい」という気持ちは重ねたいものである。

それにしても年末の三つ葉の価格には言葉を失った。正月の食材は高いとは知ってはいたものの、実際に現場で目の当たりにすると愕然とする。おとなしく過ごしていても、すぐそこに驚きは潜んでいる。

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